【恋の自覚はいつの日にか】
(さて、どうしたものか……。)グレイは、悩んでいた。
それは、目の前にいる、病院に行きたがらない上司の事だ。
別に、薬が嫌だの注射が嫌だの、吐血しているくせに、子供の様にごねている事についてでは、ない。
いや、確かに困ってはいるが、所詮はいつもの事だ。慣れている。
……慣れたくなど、なかったが。
話がズレた。
とにかく、悩んでいるのだ。
この感情が、上司に対して抱くべきでは無いものなのではないかという事で。
『可愛い』と、思ってしまうのだ。困った彼を。
(……困った。)
本気で困っているのに、なんでも我が儘を聞いてやりたくなってしまうのだ。
(成人男性を可愛いなんて、どうしたんだ、俺は。)
思わず深く溜め息を吐く。
と、ナイトメアがびくっと肩を震わせた。
そして、少々上目遣いで此方の様子を窺っている。
(可愛い……ではなくて、取り敢えず、なんとか寝かしつけなくては。)
「ナイトメア様。」
(あぁ、誰かに相談してみるのもひとつの手か)
心の隅で思い付いたその策は妙案に思えた。
【恋の自覚ははいつの日にか】
「ナイトメアが可愛い…ねぇ。グレイがナイトメアを慕ってるのは知ってるけど、それとはまた違うみたいねぇ。」
「そうなんだ…。」
アリスがクローバーの塔に訪れた際、彼女がナイトメアに会ってしまう前になんとか捕まえ、お茶を出し、今に至る。
「しかも、可愛いと思うだけではなく、ナイトメア様が吐血されれば心配しすぎて胸の辺りが痛くなったり、苦しそうになさっていれば代わって差し上げたくなったり、守って差し上げたいとも思ったり、それに……。」
「ね、ねぇ、ちょっと待って。それ、本当なの?」
アリスの顔が心なしか引きつっている。
「あぁ、本当だが……。それがどうかしたか?」
アリスが頭を抱える。
「……グレイ、それ、恋よ。」
「は!?」
グレイは本気で驚いた。
「ま、まさか……。」
しかし、思い返してみれば、この感情総ての辻褄が合う。
「恋……。」
「まぁ、応援はしてあげるから、頑張りなさい。」
呆然としているグレイを置いて、アリスは席を立った。
(恋……。)
アリスに助言を受けた時から十数時間帯が経っていた。
しかし、その悩みは深さを増しただけで、解決の糸口さえも見えなくなっていた。
しかも、
「おい、グレイ。」
「は、はいっ。」
ナイトメアの一挙手一投足に動揺してしまう。
(平常心、平常心……。)
「何が平常心なんだ?」
「あ、いえ、何でもありません……!」
普段は心の内を読まれない様気をつけているのだが、今のグレイにそんな余裕は、全く持って無かった。
「変な奴だな……。まぁいい。ちょっとこっちに来い。」
ナイトメアが書類を片手に手招きする。
そして、グレイが近寄ると書類に指差し、
「ここなんだが、お前はどう思う?」
と、小首を傾げた。
その時の軽い上目遣いや、髪の隙間に現れた首筋が目に入った瞬間、煮詰まっていたグレイは遂に、
キレた。
「ナイトメア様、申し訳ありません……!」
叫ぶと、ナイトメアに覆い被さり、唇を重ねた。
「ん?!……ふっ………んぅ…!」
舌を絡ませ、吸い付き、軽く歯を当て、歯列をなぞる。
双方のものが混ざった唾液を嚥下させ、強めに上顎をつつけば、ナイトメアから甘い声が漏れた。
「ふぅっ……!」
暫く、激しいキスを続けていると、ナイトメアは苦しそうに顔を歪め、力の入っていない拳でグレイの肩を叩いた。
グレイは一度甘咬みすると、名残惜しげに舌を引き、ナイトメアの顎に伝う唾液を吸うように唇を辿らせた。
「ナイトメア様、愛しています……。」
するりと零れた言葉に、グレイの方が驚いた。
「え……いや……あの……。」
「……お前が悩んでいたのは知っていたよ。」
ナイトメアはひとつ大きく息を吐くと、呟くように洩らした。
それに対して、グレイは酷く驚き、息を呑んだ。
「ただ、お前自身その感情の正体が掴めていないようだったから、私も自信がなかった。自惚れているだけなのかと……。」
「そんな事……!」
グレイは、必死になって否定した。
「確かに、今、唇を重ねるまで、自分の感情に気付けませんでした。ですが、この貴方を愛おしく思う気持ちは本物です……!」
「分かっているさ。」
ナイトメアは微笑みを浮かべる。
キスの余韻で紅潮したままのナイトメアの笑顔は、グレイにとって酷く刺激的だった。
「ナイトメア様、貴方を抱いても…宜しいですか……?」
「ああ……と、言いたい所なの、だ、が、」
紅潮していたナイトメアの顔色が、みるみる青くなっていく。
「ナイトメア様!?大丈夫ですか!?」
「悪い、グレ……ごほっ!!」
「ナイトメア様!?」
ナイトメアの口から真っ赤な血が零れ、添えた手が紅く染まる。
グレイは素早く、慣れた手付きで介抱する。
もしかしたら、二人が繋がれる日は遠い……のかもしれない。
END.