逢瀬。
「蓮の…花?」辺り一面見渡す限り、満開の蓮の花で埋め尽くされていた。
その中に雲雀は独り、立ち尽くしていた。
「まさか、此処は…」
ふと彼が目を開ければ、此の場所で。気が付いてからは既に暫くの時間が経っていた。
「おや?珍しいお客様ですね」
他の人間の気配はしないと認識していたはずの世界に、突然背後から、しかもかなりの至近距離で声が掛けられ、雲雀は反射的に一本のトンファーを出し、振り返った。
否、振り返ろうとした。
「!?」
しかし、彼が振り向く一瞬前に、先程の声の主にトンファー持った右腕を掴まれ、さらに後ろからもう片方の腕の中に抱き込まれていた。
「そんなにつれなくしなくてもいいんじゃありませんか?」
と、その男――六道骸は、雲雀の腰に腕を回して動きを封じ、彼の耳が弱いと知っていてわざと、甘い声で耳元に囁く。
「……ッ!!」
一瞬、背筋にゾクッとした感覚が走る。
それに気付かぬ骸ではなく。その隙にトンファーを奪い取り、彼の手の届かない場所に投げ捨てた。
「お久しぶりですね。雲雀君。」
「…っ!!」
骸は吐息が掛かるように喋り、そのまま耳を食む。
すると、雲雀は言葉も紡げず動けなくなる。
「おやおや。まだほとんど何もしていないんですけどねぇ。」
何もかも、分かっていてやっているのだ。この男は。
雲雀は内心悔しくなりながらも、なんとか平常心を保とうとした。
「離せッ!!」
雲雀は彼の腕の中から逃れようとするが、更に強くなった腕の力の所為で、それさえも敵わない。
「何故僕を此処へ連れてきた!?」
「何故と言われましても……。」
骸は笑みを浮かべながら、明確な答えを口にしない。
「そういえば、今日は貴方の誕生日でしたね。」
「……それが何。君には関係ないでしょ。」
「冷たいですねぇ。まあ、相変わらずのようで何よりですが。」
雲雀のクールな態度に苦笑する骸。
しかし、変わっていない彼に喜びもあるようで、骸の雰囲気は柔らかい。
「僕達は、恋人同士…ではなかったんですか?」
骸は甘い甘い声で、雲雀の耳元に囁く。
「……こんな長時間放っておく恋人なんて、知らない。」
「それは……!!すみませんでした。」
正しく拗ねた子供の様な態度をとる雲雀に、骸は愛しいものが込み上げる。
「本当にすみませんでした。何か、償わなければなりませんね。何がいいですか?」
子供の機嫌を取るように、優しく言葉を掛ける骸。
「別に。何もいらない。」
自分でも意地を張る子供のようだと思いながらも、この男の前では感情が表に出てしまう。抑えきれない。
「では、今までの分たっぷり甘やかせてあげましょう。なんでもあなたの言うことを聞いてあげますよ?」
いつもの食えない笑みに優しさや愛しみが見えている。
何か企んでいるように見せかけたかったのかもしれないが、雲雀にとってそれは無駄にしかならない。
他の人間なら気付けないようなことまで、この男の事なら理解できるようになってしまった。
10年の歳月は、長い。
「……出来るなら、やってみれば?本当に僕が言ったことすべてが出来るならね。」
挑戦的に言ったつもりだが、相手の笑みが深くなったところを見ると、内心がばれているのかもしれない。
我儘放題言って、たっぷりと甘やかせてもらう、その魅惑的な誘いにのってみたいと思った己の気持ちが。
「では、頑張らせていただきましょう。」
こうして、二人だけの甘いゲームは始まった。
「………さん!……うさん!恭さん!」
「…………哲…?」
目を覚ますと、そこは自分のアジトで、目の前には中学時代以来の部下の草壁が居た。
「恭さん。このようなところで寝られますと、風邪を召されるかもしれません。寝所の方へ御移りください。」
「……ああ。そうだね。」
どうやら、骸の勝手な都合で精神世界に連れ出された為、変なところで転寝をしてしまっていたらしい。
草壁は雲雀が寄りかかっていた窓や部屋の襖を閉め、寝所の用意を整える。
「恭さん、こちらへ。」
「うん。」
だが、雲雀はその場所を動こうとしない。
「…では、私はこれで失礼いたします。」
「……。」
察するところがあったのだろう。草壁は大人しく部屋を下がっていった。
雲雀が動かなかった理由は一つ。
その場に残された、鈴蘭の装飾が施された小さなオルゴール。
それは骸が精神世界で彼に渡したものだった。
「見た目は匣兵器なのにね。全く、こんなもの、何の役に立つんだ。」
それを他の匣兵器と一緒に大切にしまい、床に就いた。
きっとお守りのように持ち歩くだろうオルゴールと、その送り主に想いを馳せながら。
鈴蘭は5月5日の誕生花。花言葉は「乙女の祈り」。なので、オルゴールの曲は乙女の祈りです。